東京高等裁判所 平成11年(行コ)136号 判決 2000年11月29日
当事者
別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一控訴人らの求めた裁判
一 原判決を取り消す。
二 原判決別表被控訴人(処分者)欄記載の各被控訴人らが同表控訴人欄記載の各控訴人に対して平成4年3月19日付けをもってした各懲戒戒告処分をいずれも取り消す。
三 被控訴人人事院が各控訴人に対して平成6年5月25日付けをもってした審査請求棄却の各判定をいずれも取り消す。
四 訴訟費用は,第一,二審とも被控訴人らの負担とする。
第二事案の概要等
一 事案の概要
控訴人らは,平成3年11月当時,いずれも厚生省所管の国立病院又は国立療養所に勤務する職員であり,同職員らで組織される全日本国立医療労働組合(全医労)の副委員長,中央執行委員,支部長等の役職にあった者であるが,国立病院及び国立療養所に勤務する看護婦等の夜間勤務規則等に関する行政措置の要求に対して,被控訴人人事院が昭和40年にした判定(昭和40年人事院判定)において,平均夜勤日数を約8日とし,1人夜勤を計画的に廃止する等の判断が示されたのに,26年経過した後も,まだ右水準が達成されていないとして,全医労が,看護婦増員5000人の早期実現等の要求を掲げて,勤務時間に29分以内食い込む職場大会を計画し,平成3年11月13日,最大で27分食い込む職場大会(本件職場大会)を実施した際,控訴人らは,他の職員を参加させ,もって争議行為を企て,共謀し,そそのかし若しくはあおり,国家公務員法(国公法)98条2項に違反した等として,被控訴人らによりいずれも懲戒戒告処分(本件各処分)を受けたため,国公法98条2項は,憲法28条及び21条に違反している上,結社の自由及び団結権の保護に関する条約(ILO87号条約)及び団結権及び団体交渉権についての原則に関する条約(ILO98号条約)並びに社会的及び文化的権利に関する国際規約(国際人権A規約)にも違反して無効であること,仮に,国公法98条2項が有効であるとしても,昭和40年人事院判定が実行されず,代償措置が本来の機能を果たしていないのであるから,右規定を適用してした本件各処分は憲法28条に違反して無効であり,更に本件職場大会の目的,態様等に照らし,戒告処分にすることは懲戒権の濫用であるなどと主張して,本件各処分の取消しを求めるとともに,本件訴訟に先立って行われた被控訴人人事院における各判定(本件裁決)には,判断遺脱等の瑕疵があると主張して,その取消しを求めた事案である。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却し,控訴人らが控訴した。
二 「争いのない事実等」,「争点」及び「争点に対する当事者の主張」
当審における主張を次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」第二に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決43頁9行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」に,同49頁2行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」にそれぞれ改め,同50頁末行の「厚生省」から同51頁1行目の末尾までを削り,3行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」に改め,10行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を加え,同57頁8行目の「,「」から10行目の「ほしい。」」までを削り,同58頁1行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」に改め,同63頁2行目の「全国統一大会に参加する」を削り,同66頁8行目「<証拠略>」の次に「,<証拠略>」を加える。)。
1 控訴人らの主張
(一) 国公法98条2項が憲法28条に違反することについて
憲法28条は「勤労者」に団体交渉権及び争議権を認めているところ,右「勤労者」に国家公務員が含まれることは明らかである。そして,ここにいう団体交渉権とは,労使による勤務条件の共同決定を内容とするのではなく,合意達成を目標とした誠実交渉を義務づけることを内容とするのであるから,譲歩や合意そのものを強制されるものではないのである。このような内容を有する団体交渉権は,勤務条件法定主義と矛盾することはない。すなわち,団体交渉の結果合意に達すれば,使用者は右合意の結果を法律・予算の原案として,国会の承認を求め,国会は自らの権限に基づきこれを可決するか否かを決定するのである。したがって,勤務条件法定主義をもって,国家公務員の有する団体交渉権を制限する理由とすることはできない。
そして,このような意味での団体交渉権を有する労働組合は,その一環として争議権を有するというべきである。国家公務員についても,民間におけると同様,使用者は過度の賃上げの結果雇用を喪失する危険を負っており,市場の抑制力は働くのであるから,市場抑制力がないという理由で国家公務員の争議権を否定することはできない。
なお,国家公務員の職務の性質・内容は,極めて多種多様であり,しかもすべての職務が必要不可欠な職務とはいえない上,公共性の極めて強いものから比較的零に近いものまで多岐にわたっており,争議行為による影響も様々で,すべてが国民全体の共同利益に重大な支障を及ぼしあるいはその虞があるものとはいえないので,「公務員の地位の特殊性と職務の公共性」という理由で,国家公務員の争議行為を一律に禁止することはできないというべきである。
(二) 国公法98条2項及び本件各処分がILO87号条約,国際人権A規約8条3項及び憲法98条2項に違反し無効であることについて
(1) 憲法98条2項は,条約及び確立した国際法規の遵守義務を定めているところ,我が国は国際人権A規約を批准しているのであるから,労働基本権の保障を定める同規約8条3項に拘束されることになり,ILO87号条約に規定する保障を阻害するような立法措置を講じること,又は同条約に規定する保障を阻害するような方法により法律を適用することは許されないことになる。したがって,ILO87号条約は法源性を有するというべきである。
(2) ILO87号条約3条は,「1 労働者団体及び使用者団体は,その規約及び規則を作成し,自由にその代表者を選び,その管理及び活動について定め,並びにその計画を策定する権利を有する。2 公の機関は,この権利を制限し又はこの権利の合法的な行使を妨げるいかなる干渉をも控えなければならない。」とし,8条2項は,「国内法令は,この条約に規定する保障を阻害するようなものであってはならず,また,これを阻害するように適用してはならない。」と定め,更に11条は,「この条約の適用を受ける国際労働機関の各加盟国は,労働者及び使用者が団結権を自由に行使することができることを確保するために,必要にしてかつ適切なすべての措置をとることを約束する。」と規定している。
ところで,ILOは,条約勧告適用専門委員会と総会条約勧告適用委員会の2つの機関を設置しているが,これらの機関は,条約の定める国際基準の適用状況を審査し,条約適用上の原則を確立するため,必要な判断を下す裁量権を有しており,この条約適用上の原則を確立するための必要な判断を下す裁量権は,条約の単なる解釈以上のものとされている。そして,条約勧告適用専門委員会は,前記各条項は,公務員を含む全ての労働者の争議権を「その規約及び規則を作成し,自由にその代表者を選び,その管理及び活動について定め,並びにその計画を策定する権利」として保障していると解している。すなわち,ILOは,ILO87号条約は,公務員を含む全ての労働者の争議権を保障しており,その禁止は,「公的機関の代行者としての資格で行為する公務員」や「国民全体若しくはその一部の生命,個人的安全ないし健康に対してその中断が危険をもたらす不可欠業務」に限定して許され,かつ,公務や不可欠業務において争議権が禁止されている場合には,職業上の利益を擁護する不可欠な手段を擁護するために適切な代償措置の保障が与えられるべきであるとしているのである。
(3) ところで,国公法98条2項は,すべての国家公務員の争議行為を全面一律に禁止しているのであり,しかも,争議行為禁止の代償として設置されている人事院制度は,業務上の利益を擁護する不可欠な手段を擁護するための適切な代償措置にほど遠い制度である(給与その他労働条件の決定にあたり,関係当事者の参加が認められず,人事院の決定は,当事者を拘束しないものである。)から,国公法98条2項及び同項違反を理由とする本件各処分は,右ILO条約に違反して無効である。
(三) 国公法98条2項,3項及び本件各処分が国際人権A規約8条1項(c)に違反し無効であることについて
我が国は,国際人権A規約を批准しているところ,同規約8条1項(d)についてはこれを留保しているので,労働者の「同盟罷業する権利」の保障には拘束されないことになるが,ここにいう「同盟罷業」とは,「労働者が労働条件の維持向上その他の目的を貫徹するために集団的に生産又は業務の正常な運営の停止を目的に行う労働力の全面的提供の拒否行為」であって,単に「労働者が共同して労働力の供給を停止する行為」をいうのではない。同項(c)は,同項(d)に保障する「同盟罷業」以外の全ての組合活動を保障するものであるから,「同盟罷業」ではない怠業その他の争議行為,同盟罷業を準備する活動等も,同項(c)の「労働組合が法律で定める制限であって国の安全若しくは公の秩序のため又は他の者の権利及び自由の保護のため民主社会において必要なもの以外のいかなる制限を受けることなく,自由に活動する権利」によって保障されるのである。したがって,国公法98条2項,3項に規定されている行為及び本件各処分の対象とされた行為は,いずれも「同盟罷業」ではなく,その「企て」,「共謀」,「そそのかし」,「あおり」であって,右国際人権A規約8条1項(c)により保障されている行為というべきであるから,これらの行為を禁止する国公法98条2項,3項は右規約に違反し無効であり,同条を適用してした本件各処分もまた違法,無効である。
(四) 国公法98条2項を理由として本件各処分を行うことが憲法28条に違反すること(適用違憲)について
(1) 代償措置について
代償措置は憲法で保障された労働基本権を制限することによって奪われた国家公務員の利益を国家的に保障し,そのことによって争議行為禁止が違憲とされないための強力な支柱である。したがって,代償措置は,憲法上の権利の保障にかかわる問題であって,国家財政が非常事態の場合は格別,通常の事態における財政事情をもって代償措置の実行まで制約されることは,許されないというべきである。また,そもそも国家公務員の給与その他勤務条件に関わる代償措置はすべて財政にかかわるものであり,代償措置としてそのような制度を設ける以上は,財政的な裏付けをする責務を含めて,代償措置制度の実行を当局の責務としているのである。
更に,代償措置は,迅速公平にその本来の機能を果たすべきものであり,判定の実行まで「長期間を要する」ことは全く容認されていないし,また,判定の実行が「延引」している場合には,本来の機能を果たしていないとはいえないとすることも,許容されていないのである。したがって,判定後にその一部しか実行されていないのであれば,いわんやそれが判定後25年余も経っていればなおさら,代償措置が迅速公平に本来の機能を果たしていないというべきである。したがって,当局は,判定の実行にあたり,法律上事実上可能な限りを尽くさなければならず,努力義務の欠如怠慢の程度は問題とならない。代償措置が本来の機能を果たしていないというためには,本来の機能を喪失していることまでは必要がなく,延引しているか否かも問題とならない。
(2) 以下に述べるとおり,厚生省・政府は,昭和40年人事院判定の実現に向け,真剣な検討を行わず,また,必要な計画の策定もせずに,場当たり的な対応に終始し,その結果26年間もの永きにわたって右判定の実現を放置してきたのであって,その実現につき,法律上事実上可能な限りを尽くしたとは到底いえない。
<1> 夜勤に関連する諸条件の整備について
厚生省が昭和40年人事院判定に基づいて採ったとされる,業務範囲の明確化及び業務の整理,夜間業務の遂行を容易にするための器材・器具等の導入,休憩室,仮眠室その他の設備の改善,整備に関する措置,夜勤時における連絡等を容易にするための方策,夜勤交代時における通勤事情に即応する対策,看護助手の充実,夜勤手当等の改善措置,産後の夜勤免除の措置,休憩,休息時間の明示の措置は,いずれも行政措置要求の有無に関わりなく改善するのが当然で,他の公的病院や民間病院においても実施されているものであり,医療・医学,看護の進歩という時代の要請又は趨勢に沿った当然のことをしたにすぎない。
また,筋ジス病棟が昭和39年度,重症心身障害児病棟(重心病棟)が昭和41年度から国立療養所に委託病床として運営されることに伴い,その運営に必要な看護助手が増員された。また,昭和49年度から重心・筋ジス病棟での患者40人に対して職員40人にするために,4か年計画で看護助手が増員された。更に,国立ハンセン病療養所における患者付添切替えで看護助手が増員された。しかし,これらの増員は,いずれも看護婦の夜間業務を改善するものではなかった。
<2> 看護婦定員の増員について
看護婦定員の数は,昭和40年度から平成3年度までの間に約1万1000人増員されている。しかし,夜勤改善のための看護婦定員の増員数は,昭和41年度から昭和43年度までは零,昭和44年度に261名,昭和45年度から昭和47年度までの間(第一次増員計画)に1304名である。そして,昭和48年度及び昭和49年度には,夜勤改善のための増員計画は中止されている。その後,昭和50年度から昭和53年度までの間(第2次増員計画)に880名,第3次増員計画のうち昭和54年度から昭和61年度までは991名がそれぞれ増員されている。このように,昭和45年度から昭和61年度までの夜勤改善のための増員は,看護婦定員で3175人,賃金職員を含めても5114名にすぎない。
厚生省は,昭和62年度以降については,全体の増員要求の中で夜勤改善のための要求も扱うという方針に転換した。昭和62年度から平成3年度までの看護婦定員の増員は1097名にすぎず,これも医療改善,機能強化等を中心としたものであった。すなわち,約1万1000人の看護婦定員の増員といっても,国立病院の増床や,循環器病センターの設置,重症心身障害児・進行性筋萎縮症児医療1万580床と難病病床などの受け入れ,難病対策,救急医療,各種機能強化,沖縄返還にともなう施設受け入れによる増員など,国立病院,国立療養所における新規事業拡大及び各種診療機能の拡充などのための増員も含めているのであり,これらの増員は,当該病院や当該病棟のみに張り付けられるのであるから,対象外の施設・病棟に勤務する看護婦にとっては夜勤改善にはつながらず,右定員の増加をもって,単純に夜勤改善に直結するものとはいえない。
なお,厚生省は,昭和40年人事院判定の実施については,看護婦等の定員の増加が必要であるにもかかわらず,昭和40年には,増員によらない改善策として新勤務体制の導入を検討するといった態度を示しており,真摯に右判定の実現を図る態度ではなかった。
<3> 複数夜勤体制の病棟比率について
厚生省は,複数夜勤体制について,当初,国立病院50パーセント,国立療養所33パーセント,次に,国立病院75パーセント,国立療養所50パーセント,更に,国立病院100パーセント,国立療養所75パーセントとして実施する計画を有していたことになっているが,当初からこのような全体計画を持っていたわけではなく,必要な増員が実現されないため,いわば後追い的に策定したものにすぎない。しかも,厚生省は,これらの計画策定に当たって,病院構造の変化,医療の複雑化,看護密度の高まりの中で,3人夜勤や4人夜勤病棟が生じているにもかかわらず,2人夜勤に必要な夜勤稼働人員は,最低でも16人が必要である(15人では,大の月(月31日)には夜間勤務を月8日とする目標を達成できない。)のに,これを15人に抑えてきたことが夜勤日数の増大をもたらす結果となり,昭和40年人事院判定の実現を遅らせていったのである。厚生省は,夜勤日数が増えないようにしながら複数配置をすべきであった。
<4> 平成3年11月当時における昭和40年人事院判定実現の予測可能性
厚生省は,交渉において繰り返し増員を約束しながら,結果としてはその増員を実行していないこと,平成3年及び平成4年の厚生省との交渉経緯にしても,厚生省自体が増員の必要性を認めながら,最大限の努力をする旨述べるに止まっていること,昭和40年人事院判定の基礎となる調査を行った昭和38年当時の平均夜勤日数は,1人平均9.4日であり,平成4年の実績では,1人平均8.5日であって,27年かかって0.9日改善されたにすぎなかったこと,右平均日数は,あくまでも平均であって,病休者や産休があれば増加すること,しかも,平成4年10月の実績においても,平均夜勤日数が9日を超えるものが全体の53.2パーセントを占めていたこと等からすると,昭和40年人事院判定の実施が客観的に予測できる状態になかったことは明らかである。
なお,厚生省は,平成4年度から業務改善計画を強行し,賃金職員の削減等,病棟集約を行い,また,経営改善計画によって,病棟再編・廃止,看護体制の縮小,外来・病棟の一元化により,看護婦の配置換えを行い,平成8年度に夜勤日数が平均8日となったのである。このように,平均8日の改善は,増員に基づくものではない上,平均であるにすぎず,平成8年10月当時,夜勤が8日以内の看護婦は全体の68.5パーセント,9日以上は31.4パーセント,10日以上は5.5パーセントとなっているのである。
(3) 以上のとおり,本件職場大会当時,厚生省は昭和40年人事院判定の実施を法律上事実上可能な限り尽くしたとは言えず,その実施が合理的期間内に実施できる可能性はなかったのであるから,昭和40年人事院判定は,明らかに代償措置としての本来の機能を果たしているとはいえない。他方,本件職場大会は,26年間にもわたって実現されていない昭和40年人事院判定の実現を求めるものであり,医療に影響を及ぼすことの最も少ない早朝の時間帯に,しかも保安要員を配置した上で実施され,時間も最大で27分間に止まり,更に,参加者の多数は勤務時間外の者であるし,支障も観念的なものに止まることからすると,手段,態様において相当であったというべきであるから,本件職場大会は憲法上保障された争議行為というべきである。
(五) 本件各処分が懲戒権の濫用に当たることについて
(1) 本件職場大会は,昭和40年人事院判定の実施を求めるものであるところ,同判定の目的は,何よりも緊急に看護婦の夜勤日数を制限することにあったのである。すなわち,昭和40年人事院判定が出る前の職場では,夜勤日数が月10日から20日,ほとんどが10日以上であって,1週間連続夜勤が続くこともあった。しかも,施設によっては1人夜勤が多く,その中で10名の患者を1人の看護婦が担当したり,あるいは2箇病棟を1人の看護婦が担当しなければならず,休憩もとれない状態にあって,看護婦自身の身体や生活も守れない状況に立ち至っていた。こうした当時の職場実態から,昭和40年人事院判定は,看護婦等の増員が緊急に必要であることも認識した上で,まずもって,月平均約8日を当面の実現目標としたのである。ところが,厚生省は,全医労に対しては,何回も看護婦の増員を約束しながら,その約束をことごとく破り続けてきたのであり,政府もまた,参議院の社会労働委員会において,昭和40年人事院判定の完全実施を求める決議まで受けながら,夜勤規制通達を出しただけで,何ら効果的な施策を採らず,また,増員として3700人ないし5000名が必要であるとの認識を示しながら,僅かの増員しか行わなかった。一方,本件職場大会までの10年間に,国立病院,国立療養所で働く看護婦の現職死亡が130人(平均死亡年齢は44.4歳)を超えるという事態に至っていた。本件職場大会は,こうした一刻の猶予を許さない状況のもとで行われたのである。
(2) 本件職場大会は,その態様からすれば,労働組合の団結権に基づく行為として最小限のものであった。すなわち,本件職場大会は,勤務時間内の食い込みを29分以内にするという短時間のものであり,しかも「保安要員」を確保し,医療業務には全く支障が起きないような手段で平穏に行われた。外来部門(外来診療)では,午前8時30分から59分までの時間帯については,休日勤務体制の人員が本件職場大会には参加せずに勤務に就くこととし,医事課(受付)でも支障が出ないようにした。なお,外来診療では医師が診療を開始するのは午前9時以降であるから,診療が遅れたことはない。次に,入院病棟では,深夜勤務(通常の勤務時間は,午前0時から午前9時)の看護婦が病棟におり,日勤(通常の勤務時間は,午前8時30分から午後5時)の看護婦が午前8時59分までに職場に入って申し送りや引継を行うこととした。このほか危険物を取り扱う部門(中央材料室等)では,本件職場大会の時間帯において,少なくとも1名は勤務を行うこととし,ボイラーの職場でも,1名は勤務を行うこととし,夜の当直と同じ人員を確保して問題が生じないようにした。なお,職場大会に参加する日勤者についても,各職場の状況に応じて,業務に支障のないようにするため,一旦職場に出て仕事の準備をすませた後,本件職場大会に参加した者もいたし,また,緊急の事態や救急患者が入った場合には,参加せずに勤務を行うことにした。そして,本件職場大会によって,業務に支障が生じたり混乱が生じたことは一切なかったのである。
(3) 厚生省は,昭和61年以降,国立病院・国立療養所の統廃合の計画を実施しようとしていたが,全医労の反対もあって,再編計画が思うように進行しない状況にあった。そのような状況の中で,厚生省は,全医労を敵対視し,その弱体化を図り,その一環として本件各処分を被控訴人らに命じたのである。
(4) 以上に述べた本件職場大会に至る経緯,態様,厚生省の意図からすると,本件各処分は懲戒権の濫用に当たるというべきである。
(六) 本件裁決固有の瑕疵について
裁決庁が原処分と異なる理由でこれを適法かつ正当として維持する積極的な判断を行って原処分を承認した判断は,たとえ結論が同一であったとしても,別個の新たな処分というべきであり,これは原処分の判断と異なる裁決庁の判断に基づくものとして,裁決固有の判断というべきであるから,この違法を主張することは,裁決固有の違法を主張するものにほかならない。
ところで,本件各処分の理由とするところは,控訴人らが国立病院等に勤務する職員を本件職場大会に参加させて同盟罷業等を行わせ,争議行為を企て,共謀し,そそのかし,あおったものであり,これらの行為が国公法98条2項に違反し,同法82条1号に該当するというのである。したがって,本件各処分は,a 国公法98条2項が憲法28条に違反し無効な規定であり,同項違反を理由とする本件各処分が違法であるか否か,b 同項によって禁止されている争議行為が国民生活に重大な支障をもたらすような違法性の強い争議行為であるか,そして,本件職場大会がこれに該当するか,c 本件職場大会は,代償制度がその本来の機能を果たしていない状況のもとで,制度の正常な運用を要求して,相当な範囲を逸脱しない手段,態様で行われたものであるから,憲法28条に保障する争議権の行使に当たり,国公法98条2項を適用して本件各処分をすることが許されないか,d 本件各処分が懲戒権の濫用に当たるか否かについては何ら判断していないが,本件裁決は,いずれもこれらの点について判断した上で,本件各処分を維持する積極的な判断をしているのである。右の判断は,裁決固有の判断であるから,この違法を主張することは,裁決固有の瑕疵を主張するものにあたる。
4(ママ) 被控訴人人事院を除くその余被(ママ)控訴人らの主張
(一) 国公法98条2項を理由として本件件(ママ)各処分を行うことが憲法28条に違反すること(適用違憲)について
(1) 昭和40年人事院判定の実施について
<1> 人事院の判定は,公務員の労働基本権制約の代償機能を果たす重要な意義をもつものであるが,その実行には国家財政の裏付けを必要とするものであるから,それによる制約を受けざるを得ないし,また,諸施策の実施の必要性・緊急性との比較検討を要し,更に,その実行により社会に与える影響をも考慮することを要するものである。したがって,その実行には,財政的,政治的,社会的制約が不可避的に伴うものである。これらの制約を考慮すると,その判定の実行が延引しているという結果から,直ちに行政当局が何ら適切な対応措置を講じなかったとか,放置したということはできない。
<2> これを本件についてみると,次のとおり厳しい財政的,政治的,社会的制約のもとで,継続的に看護婦定員の増加に努めてきたのである。
ア 昭和40年人事院判定がされた翌年度である昭和41年度から昭和43年度までは,欠員不補充の閣議決定を受け,また,昭和41年度における国全体での看護婦不足数は約4万人に達していたために,その解消には数年を要する見込みであったことから,国立病院等に多数の看護婦を吸収すれば,その反面において,公立病院及び一般病院における看護婦不足を助長することにもなるという事情もあり,重症心身障害児(者)収容施設の新設及び新生児看護業務の強化に伴う増員が認められるに止まった(なお,厚生省としては,この間も増員のための予算要求はしていたのである。)。
イ 昭和44年度から昭和52年度までは,9年間で合計7046人を増員し,1年当たり783人の割合で順調に増員した。
ウ 昭和53年度から平成3年度までは,14年間で3538人の増員に止まり,1当たり253人の割合の増員に止まった。これは,国家財政悪化のため,増員要求枠が設定されたこと,昭和57年度から昭和61年度までの第6次定員削減計画においては看護婦を含む医療職も削減の対象となったことに起因するものである。それでも厚生省は,シーリング枠の中で目一杯増員要求を行ったものであり,その増員に務(ママ)めた結果として増員されたのである。
<3>ア 厚生省は,昭和40年人事院判定の「1人夜勤解消」と「月間平均夜勤日数の減少・平均夜勤日数8日」の2つの課題のいずれについても,看護婦の大幅な増員を必要とするため,右のような財政的,政治的,社会的制約のもとで両者を同時に実現することは困難であるところから,いずれか一方の課題に重点的に取り組むこととし,昭和45年度から平成3年度までの間に,第1次ないし第3次増員計画を立てて増員を要求した結果,昭和40年度の看護婦定員1万8338人から平成3年度2万9342人に増員され,平成3年度までには,1人夜勤はほぼ解消されたのである。なお,月間平均夜勤日数については,昭和48年度の9.4日に比較すると,平成3年度は8.8日まで改善され,平成8年度には8.0日となり昭和40年人事院判定の水準に達している。
イ 厚生省は,右のような看護婦増員に加えて,看護業務の軽減のため,昭和40年人事院判定以降,業務範囲の明確化及び夜間業務の整理,夜間業務の遂行を容易にするための器財・器具等の購入,休憩室,仮眠室その他の設備の改善,整備,夜勤時における処置,連絡等を容易にするための方策,夜勤交替時通勤事情に対する方策,看護の補助業務を行う看護助手の充実,夜勤手当等の改善措置,産後の夜勤免除の措置,休憩,休息時間の明示の諸措置ないし施策を行っており,これらが夜勤勤務の負担軽減に資することはいうまでもない。
<4>ア 厚生省は,昭和40年8月国立療養所看護共同研究として,同年10月から勤務体制について研究を試みることにした。この研究は,国立療養所における適正な看護勤務体制はどのような方法か,殊に夜勤の合理的な計画はどうあるべきかを検討し,現状において看護要員に対しても,患者に対しても,より良き勤務体制は何かを研究することを目的としたものである。
この研究の結果,現段階では夜勤交替時間の変更は,夜勤回数の減少には結びつかないという結論に至ったのであり,夜勤交替時間の変更を行うことは実施されなかったが,このような研究をもって,厚生省が昭和40年人事院判定を実行して行うという姿勢に立たないことの表れとみることは相当でない。
イ 控訴人らは,「夜勤改善」という増員項目による増員がないことをもって,夜勤回数軽減に資することがない旨主張するが,「夜勤改善」という増員項目による増員がなくとも,その他の事項による増員がある場合,増員にかかる看護婦は増員項目によっては病棟に配置されることになり,当然夜勤のローテーションに組み込まれるから,その場合には夜勤回数の軽減に資することになることからして,控訴人らの主張は失当である。
(2) 本件職場大会について
本件職場大会は,勤務時間に食い込むものであり,国家公務員として負担する職務専念義務に違反して労務提供義務を拒否する行為であって,業務の正常な運営を阻害するものである。
ところで,控訴人らの主張する保安要員とは,要するに時間内職場大会に参加せず,通常の勤務に就くこととされた者にすぎない。本来複数人で行われるべき業務を休日体制で行うことは,当然に病院の業務能率,質の低下等をもたらすものである。医師の診療開始が午前9時以降であっても,始業時から診療開始までに診療準備等に必要な業務があるはずで,入院病棟でも,ほとんどの病棟では,午前8時30分から午前9時までに深夜夜勤の看護婦から日勤の看護婦に対し,患者の病状等看護に必要な申し送りをすることとされており,日勤者は,申し送りを受けるほか,日勤のリーダー等から業務分担の指示を受けるなどしているのである。これらは,日勤者がその後の業務に就くための不可欠の業務であり,日勤者又は深夜勤務者が時間内職場大会に参加して勤務に就かなければ,重要な申し送りが所定の時間内にはできず,必然的に業務の遅れを生じさせ,業務の正常な運営を妨げることは明らかである。また,その他の部署においても,当該時間帯に行うべき業務があるのに,職務を放棄して時間内職場大会に参加すれば,当然に行われるべき業務が行われないのであるから,業務の正常な運営が妨げられたというべきである。
5(ママ) 被控訴人人事院の主張(裁決固有の瑕疵について)
行政事件訴訟法10条2項の趣旨は,処分取消訴訟における判断と裁決取消訴訟の判断との抵触を避けることにあるから,処分の実体的な違法に関する主張は,すべて処分取消訴訟において主張されるべきものと解すべきある。裁決において原処分と異なる理由で審査請求を棄却した場合であっても,そこで争われているのは,あくまでもかかる処分がされたことが違法であるか否かの点であるから,右裁決の違法を主張することも,結局は,裁決が是認した原処分の違法をいうことに帰着する。したがって,処分の実体的な違法に関する主張である限り,裁決固有の瑕疵についての主張ということはできない。
仮に,控訴人主張のような解釈が可能であるとしても,本件裁決は,本件各処分と同様に,控訴人らの各行為が国公法98条2項に違反するものであることを理由として,控訴人らの各審査請求を棄却したのであるから,本件各処分と異なる理由でこれを維持して審査請求を棄却したものではない。
第三当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人らの被控訴人らに対する本件各請求はいずれも理由がないので棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり訂正,付加するほか,原判決の「事実及び理由」第四に説示のとおりであるから,これを引用する。
一 原判決の訂正
1 原判決144頁9行目の「ともに」の次に「演説を行い」を加え,同155頁10行目の「このような」から同156頁4行目の末尾までを削る。
2 同165頁末行の「共同して労働力の供給を停止」を「その主張を貫徹するため,共同して行う労働力の全面的な提供の拒否」と,同166頁5行目の「共同して労働力の供給を停止」を「全医労所属の労働者が,増員等による勤務条件の改善を目指して行った労働力の全面的な提供の拒否」とそれぞれ改める。
3 同168頁4行目の「<証拠略>」の次に「,<証拠略>」を,同170頁8行目の「達成し」の次に「(国立がんセンター・国立ハンセン病院の増員分を除く。以下同じ。)」を,同184頁5行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」をそれぞれ加える。
4 同190頁5行目の冒頭から193頁3行目の末尾までを,同197頁末行の「前記」から同198頁4行目の末尾までをそれぞれ削り,同198頁末行の「必要」から同199頁1行目の「できず」までを「初めとする業務の正常な運営を阻害したものというべきであり」と改める。
5 同207頁10行目の「業務」の次に「運営」を,同218頁7行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」をそれぞれ加え,同行の「<証拠略>」を「<証拠略>」に改める。
6 同221頁3行目の「同書面には,」の次に次のとおり加える。
「『職員組合の問題は単に再編成の推進等に大きな障害となっている』,職員組合は『およそ国立病院・療養所に関するすべての問題に立ちはだかり,重大な影響を及ぼしている。』,職員組合問題は『職場の管理をめぐる権力関係の一面を合わ(ママ)せ持っている』,『実質的な権力関係では管理者側の広い意味での体制の整備が極めて重要な意味を持つ』,『権力関係の側面からすれば,生半可なことをすればなお悪い状況になり,2,3人が窓から飛び降りる事態になりかねない。』,看護婦等について『現在の医学偏重の教育カリキュラムを再考し,社会人として組織人としての教育を行い,正しい労使関係の基盤作りを行うことが重要ではないか』,」
二 当審における主張に対する判断
1 国公法98条2項が憲法28条に違反するとの主張について
国公法98条2項の規定が憲法28条に違反するものではないことについては,既に最高裁判所の数次にわたる判例(昭和48年4月25日大法廷判決・刑集27巻4号547頁,昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁,昭和60年11月8日第二小法廷判決・民集39巻7号1375頁)が存するところであり,当裁判所も,右判例と異なる解釈をすべきものとは考えないので,控訴人らの主張は採用することができない。
2 国公法98条2項及び本件各処分がILO87号条約,国際人権A規約8条3項に違反するか否かについて
ILO87号条約3条は,その1項において,労働者団体に「規約及び規則を作成し,自由にその代表者を選び,その管理及び活動について定め,並びにその計画を策定する権利を有する。」ことを認め,2項において,「公の機関は,この権利を制限し,又はこの権利の合法的な行使を妨げるようないかなる干渉をも差し控えなければならない。」と規定しているにすぎないのであって,右規定が国家公務員に対して,刑事上民事上の免責をともなう争議権を保障しているものとは解されない(最高裁平成5年3月2日第三小法廷判決・裁判集民事168号21頁参照)。なお,条約勧告適用専門家委員会が控訴人ら主張のように解釈しているとしても,その解釈が尊重されるべきことはともかくとして,それに拘束される根拠を見出すことはできないし,右解釈自体が法源性を有しないことも明らかである。
そうすると,国公法98条2項が右各条約に抵触するものとはいえないので,右抵触を前提とする控訴人らの主張は採用することができない。
3 国公法98条2項,3項及び本件各処分が国際人権A規約8条1項(c)に違反し無効であることについて
国際人権A規約8条1項(c)は労働者が自由に活動する権利を保障し,同項(d)は同盟罷業をする権利を保障しているが,我が国は同項(d)の批准を留保しているところ,同盟罷業を企て,共謀し,あおり,そそのかす行為は,同盟罷業そのものではないが,その実施を図り,助長する行為であるから,同項(c)による保障の範囲外のものであると解するのが相当である。したがって,国公法98条2項,3項が国際人権A規約8条1項(c)に違反しているものとはいえない。
そして,引用した原判決の認定によれば,本件職場大会に参加する行為は同盟罷業に当たるものであるところ,控訴人らの行為は,同盟罷業である本件職場大会に自ら参加し,又は本件職場大会を企画し,共謀し,あおり,そそのかした行為に当たるから,国公法98条2項,3項を適用してした本件各処分が国際人権A規約8条1項(c)に違反するものともいえない。
4 国公法98条2項を理由として本件各処分を行うことが憲法28条に違反すること(適用違憲)について
(一) 人事院勧告制度について
国家公務員の労働基本権に対する制限の代償として講じられている代償措置は,争議行為を禁止されている国家公務員の利益を国家的に保障しようとする制度であり,国家公務員の争議行為の禁止が違憲とされないための強力な支柱であるから,それが十分その保障機能を発揮しうるものでなければならず,また,そのような運用が図られなければならない。そして,この代償機能の一環である人事院勧告制度が迅速公平にその本来の機能を果たさず,実際上画餅に等しい状態が生じた場合には,国家公務員がこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出たとしても,それは憲法上保障された争議行為であるというべきである。
(二) 昭和40年人事院判定の実施状況について
昭和40年人事院判定の内容は,引用した原判決の「事実及び理由」第二の一2(三)記載のとおりである。
(1) 夜勤日数について
<1> 夜勤に直接関連する諸条件の整備について
原判決説示(第四の六1(三))のとおり,厚生省は,厚生省所管の施設について整備を行っているところであり,夜勤に直接関連する諸条件の整備については,これを実施してきていると評価し得る。
ところで,控訴人らは,これらの条件整備は,時代の要請あるいは趨勢に従い当然に整備すべきものをしたにすぎないのであって,措置要求と関係なく整備されたものであると主張するが,これらの条件整備が夜勤勤務の軽減に資するものであることは明らかであるから,昭和40年人事院判定については,右の整備によって実施しているものと認められるのである。
また,控訴人らは,看護の補助業務を行う看護助手の増員は,重心・筋ジス病棟の運営に伴う増員や国立ハンセン病療養所における介護員の増員であって,夜勤業務改善のための増員ではない旨主張するが,重心病棟等の看護助手が増員されることによって,その看護体制が従来より改善され,その結果として,看護婦の夜勤勤務の負担軽減にも資することにもなるといえるのであるから,夜勤改善を直接の目的とする増員でないからといって,条件整備として評価し得ないものということはできない。
<2> 月間平均夜勤日数について
ア 昭和38年度から平成8年度までの間の国立病院及び国立療養所の月間平均夜勤日数は,原判決別紙月間平均夜勤日数経過一覧表のとおりであり,月間平均夜勤日数は,昭和40年人事院判定の基礎となる調査がされた昭和38年度は9.4日であったが,本件職場大会が行われた平成3年度には8.8日に,そして,平成8年度には8.0日になっており,昭和40年人事院判定の約8日を達成していることが認められる。
ところで,昭和40年人事院判定から本件職場大会が行われた平成3年までに26年が経過し,右判定の実現までには,更にその後5年が経過しているところ,人事院の判定については,これを迅速公平に実現すべきものではあるが,昭和40年人事院判定自体,「直ちにこれを実施することが困難であるとすれば,計画的にその実現を図るべきである。」としており,その実現について,ある程度の期間を要することを予定しているのである。これは,判定では併せて実現すべき措置として,夜勤者の複数配置や条件整備の問題等があることから,看護婦の増員など財政的,政治的,社会的な制約から直ちに実現できない要因があることを考慮したものといえるのである。そして,政府あるいは厚生省が行った看護婦定員の増員の経過,増員に対する制約及び障害については,原判決説示(第四の六1(一)及び(二))のとおりであり,原判決別紙看護婦定員増員経過一覧表のとおり徐々にではあるが増加していることからすれば,その実現に右程度の期間が経過したことをもって,代償措置が迅速に機能していないと評価することはできない。
イ 控訴人らは,厚生省は,昭和40年には勤務体制の再検討として,深夜時間帯にかからない早番や遅番を増やし,夜勤については,勤務時間を増やして夜勤日数を減少させるという勤務体制を試行しようとしており,看護婦の増員を図る意思に欠け,昭和40年人事院判定の実現について努力する意思を有していなかったと主張する。
証拠(<証拠略>)によれば,厚生省は右のような勤務体制を検討し,テスト実施を行ったものの,実現には至らなかったことが認められる。しかし,昭和40年人事院判定の実現については,これをすべて看護婦の増員によって解決しなければならないものではないので,職員の労働条件の低下をもたらさないで昭和40年人事院判定を実現することが可能な方策を検討することは,何ら厚生省等の昭和40年人事院判定の実現に対する努力を否定するものではなく,かえって,右のような施策を検討したことは,厚生省が実現に向けて努力していたものと評価すべきである。
また,昭和40年度以降における看護婦の増員の中には,機能拡充等のための増員も含まれているのであって,すべてが夜勤改善のための増員ではない(争いがない。)が,機能拡充のための増員で特定の施設に当てられる定員であっても,当該定員を割当てられた病院にとっては,定員増として夜勤軽減に結びつくのであるから,機能拡充等のための増員であることから,直ちに夜勤勤務の軽減にならないと評価することはできない。また,増員自体は昭和40年人事院判定の実現のための1つの施策にすぎないので,厚生省が「夜勤改善」の項目によらず「機能拡充」等の項目により増員要求をし,その増員を図ることもまた,昭和40年人事院判定の実施に沿うものであるから,厚生省がその実現に消極的であると評価すべきではない。
(2) 夜勤者の複数配置について
<1> 昭和40年人事院判定は,1人夜勤で足りる看護単位については,突発自体の発生等の万一の場合に備えて,その処置,連絡を容易ならしめるための措置を講じ,休憩設備等についでも特段の考慮を払う必要があると判定しているところ,厚生省は,これらの措置として,医師との連絡については昭和48年からポケットベルを導入し,患者との連絡については,ナースコールを整備拡充し,仮眠室については,病院の建替え整備に合わせ,看護婦更衣棟を建ててその中に仮眠室を設け,あるいは昭和53年度からは,老朽化した看護婦棟を建て替えて仮眠室を整備し,休憩室については,昭和49年度からソファーを設置したりして整備した(<証拠略>)のであるから,右判定は実施されたというべきである。
<2> 昭和40年人事院判定は,1人夜勤で足りると考えられる看護単位について,1人夜勤を廃止することは,看護婦等の膨大な増員をみない限り,一方において1箇月の夜勤日数を増加させる等別の面における問題を生ぜしめることとなり不適当と思慮されるので,前記<1>の処置,連絡を容易ならしめる措置を講ずるとともに,夜勤日数その他関連する事項に及ぼす影響についての考慮を併せ行った上で,計画的に1人夜勤の廃止に向けて努力すべきであるとしている。
ところで,1人夜勤の際の措置については,右<1>において認定したとおり実施されている。また,原判決別紙「複数夜勤率経過表」によれば,複数夜勤率は,昭和38年度が29パーセントであったものが平成3年度には98.1パーセントとなっており,この点についても計画的に実施されたものと認められる。
<3> 厚生省の増員計画は,2人夜勤勤務体制において月間夜勤平均日数を8日とするために15人が必要であるとの基準によっている(争いがない。)ところ,控訴人らは,大の月(月31日)には15人では右目標を達成できず,最低でも16人が必要であるのに,これを15人に抑えてきたことが昭和40年人事院判定の実現を遅らせていると主張する。
しかし,15人を前提として,2人夜勤体制において夜勤稼働日数を計算すると,別紙2<略>「2人夜勤病棟における夜勤稼働人員と月間平均夜勤日数」のとおり,小の月(月30日)は8.00日,大の月は8.27日となり,平均において8.11日となる。他方,昭和40年人事院判定に基づく月間平均夜勤日数は,別紙1<略>「人事院判定の基づく月間平均夜勤日数」のとおり,平均8.14日であるから,厚生省の右増員計画は,昭和40年人事院判定の趣旨に沿ったものといえるので,右15人を増員計画の基礎にしたことをもって,昭和40年人事院判定の実現を遅らせたものとは言えない。
<4> 控訴人らは,厚生省が業務改善計画を強行して経営改善計画を実施した結果,夜勤日数の減縮が図られたのであり,看護婦定員の増員により図られたものではないと主張する。
しかし,昭和40年人事院判定の実現のための施策は,厚生省あるいは政府に委ねられているものと言うべきであるから,その改善が増員以外の施策によって図られることは何ら問題ではなく,仮に,控訴人ら主張のような施策によって夜間勤務日数が減縮されたとしても,このような施策を講じたことをもって,厚生省等に昭和40年人事院判定を実現する意思がないものと評価することはできない。
(3) 昭和40年人事院判定実施の予測可能性について
既に説示したとおり,昭和40年人事院判定は,判定以来26年を経過し,本件職場大会が行われた平成3年当時も実施されつつあったのであるから,昭和40年人事院判定自体が実施されないことが明らかであるというような状況にはなかったというべきである。証拠(<証拠略>)によれば,全医労は,昭和40年人事院判定以来,厚生省医務局長らと交渉を重ねてきたが,同医務局長らは,その度に「1人夜勤の解消を図る。」,「3年計画で実施したい。」,「3年後にはみなさんの要求は実現できる。」などと発言していたが,これを実現できずに経過したこと,昭和43年11月1日に行われた交渉において,当時の園田厚生大臣は,「夜勤制限のため増員700人を来年度要求を出している。」と説明していたが,これも実現できなかったこと,昭和44年6月10日の参議院社会労働委員会では,昭和40年人事院判定の速やかな実行を図ることを内容とする決議がなされたことが認められるが,他方,これらはいずれも増員に対する努力目標としてあるいは期待として述べたものであることが認められるのであるから,それを完全に実現できないからといって,直ちに当局がその実現に向けた努力を一切しておらず,したがって,その実現を期待することができない状況に陥ったものということはできない。
(三) 以上のとおり,昭和40年人事院判定の実現については,社会的,経済的,政治的制約の中で,その趣旨に沿って計画的に実施されてきたものであり,当局側としても,その実現に向けて法律上及び事実上可能なかぎりを尽くしたものといえるから,いまだ代償措置が本来の機能を果たさず実際上画餅に等しいと見られる自体(ママ)が生じた場合に当たるものということはできない。
5 懲戒権の濫用について
既に説示したとおり,本件職場大会は勤務時間内に食い込む同盟罷業であるところ,同盟罷業において停止の目的とされた業務は,国立病院あるいは国立療養所における診療ないしは治療という国民の健康に直接かかわる業務である上,参加者はその診療や治療に日々直接に携わる看護婦等であり,しかも,それが全国規模において一斉になされたものであることからすると,本件職場大会が行われたことによってもたらされる国民の健康に対する侵害の虞は重大なものと言わざるを得ず,このような本件職場大会を企てる等の行為をした控訴人らの行為は,本件職場大会が昭和40年人事院判定の実施を求めるものであったこと,本件人事院判定が看護婦等の健康にも影響を与える夜勤日数等の労働条件に関するものであること,本件職場大会が勤務時間への食い込みを最大限29分と予定していたこと,保安要員を置き業務へ支障を及ぼさないように配慮したこと,現実に混乱が生じなかったこと等の事情を考慮しても,なお重大な違法行為といわざるを得ず,このような控訴人らの行為に対して,戒告という懲戒処分をもって臨んだことは相当というべきであり,本件各処分をもって裁量権を逸脱,濫用したものということはできない。
6 裁決固有の瑕疵について
行政事件訴訟法10条2項は,「裁決の取消しの訴えにおいては,処分の違法を理由す(ママ)ることができない。」と定めているところ,その趣旨は,処分取消訴訟における判断と裁決取消訴訟の判断との抵触を避けることにあるので裁決取消しの訴えにおいて,その違法事由として主張することができるのは,原判決も説示するとおり,裁決固有の瑕疵,すなわち,実体的内容に関する事由以外の主体,手続,形式に関する瑕疵に限られるものと解するのが相当であるところ,控訴人らの主張するところは,いずれも実体的内容に関する違法事由であるから,裁決固有の瑕疵に当たらないというべきである。
ちなみに,控訴人らは,裁決庁が原処分と異なる理由で,これを適法かつ正当として維持する積極的な判断を行って原処分を承認した判断は,たとえ結論が同一であったとしても,別個の新たな処分というべきであり,裁決固有の判断というべきであるから,この違法を主張するのは,裁決固有の違法をいうものにほかならない旨主張するが,被控訴人ら(被控訴人人事院を除く。)は,国公法98条2項が有効であり,控訴人らの行為に対して同項を適用して懲戒処分を行うことが相当であると判断して(裁量権の範囲内であるとして),本件各処分をしたものといえるところ,本件裁決も,本件各処分と同様,控訴人らの各行為に対して同項が有効であるとしてこれを適用し,また,同被控訴人らに本件各処分を行うにつき裁量権の濫用もないとして,本件各処分を適法と判断し,控訴人らの各審査請求を棄却したのであって,本件各処分と異なる理由でこれを維持し審査請求を棄却したものではないのであるから,控訴人らの前記主張は,その前提を欠くというべきである。
よって,右と同旨の原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,控訴費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条1項,61条,65条1項を適用して,主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日・平成12年9月18日)
(裁判長裁判官 瀨戸正義 裁判官 井上稔 裁判官 遠山廣直)
当事者目録
控訴人 甲野花子
(ほか11名)
右12名訴訟代理人弁護士 竹沢哲夫
同 羽倉佐知子
同 上条貞夫
同 井上幸夫
同 岡村親宜
同 佐伯仁
被控訴人 国立療養所愛媛病院長乙山太郎
(ほか11名)
被控訴人 人事院
右代表者総裁 中島忠能
右13名指定代理人 日景聡
同 榎本多喜男
被控訴人人事院を除くその余の被控訴人ら訴訟代理人弁護士 齊藤健
同 島村芳見
同 竹内康尋
同 高田敏明
同 大森勇一
被控訴人人事院を除くその余の被控訴人ら指定代理人 平野信博
(ほか8名)
被控訴人人事院指定代理人 小倉英雄
(ほか4名)